治験を行う上で欠かせない被験者。その被験者の確実な確保に向け、インクロムには被験者募集に特化した部署(被験者募集部)があり、募集業務に専念できる環境を整えている。入社以来およそ20年、日々の業務で被験者と関わり、学生時代には複数の治験に参加し被験者の立場での治験も知る大西氏に、被験者募集の仕事の内容や現状について話を聞いた。
治験を知っている人を集めるだけでなく、
治験を知ってもらうために人を集める。
仕事の内容を教えてください。
主な仕事の内容は、大きく分けて3つあります。
1つ目は、新規ボランティアパネル(登録会員)を増やす取り組み。
2つ目は、医療機関より委託を受けた治験の被験者募集業務。具体的には、募集案内メールの送信やホームページへの情報開示、参加希望者の受付対応、適格と判断した方の医療機関への紹介業務が該当します。
3つ目は、製薬メーカーよりインクロムに問い合わせを受けた治験の受託可能例数の検討です。
現在、登録会員はどれくらいいるのですか。
おかげさまで2023年12月に登録実績として30万人に達成し、実働会員として約20万人を保有しています。5年前と比較すると3倍の規模に成長しました。
近年、会員数が急激に増えているのは、なぜでしょうか。
以前は医療法人平心会で行われる治験参加者のみを集めていましたが、会員数の増加にともない、登録いただいても参加にいたらない方が増えていたため、2018年に他の施設で行われる治験にも紹介できる体制を構築しました。さらに治験だけでなく、食品や化粧品モニターなど臨床研究やアンケート調査等のヘルスケア全般の募集案件の受託体制を構築したことで、案内できる案件が増えたことも会員数の増加につながっていると実感しています。
当時の懸念として、食品や化粧品モニターに興味のある方は、治験の参加には抵抗があるのではないかということが挙げられましたが、実際は杞憂にすぎず、食品等のモニター試験の参加を最初の入り口として臨床研究についての理解を深め、その後安心して治験参加を希望するというケースが多く見受けられました。こうした経緯で、従来の「治験に理解がある人を集める」方針から「治験を知ってもらうために人を集める」方針に切り替え、会員パネルを構築しています。
ドラッグラグの解消は募集力次第、
高い志を持って業務に取り組むことが重要。
受託可能例数はどのように決めているのですか。
インクロムでは、治験参加を主とした会員パネルを構築してきた背景から、詳細な医療情報データベースを構築しています。まずは、そのデータベースの中で治験のクライテリアに合致する人数を割り出した後、来院回数や参加期間、負担の大きい検査の有無といった治験デザインによる参加への影響度を予測して受託可能例数を割り出しています。また、データベース上では、過去の治験参加実績や直近の連絡状況などから、登録者の個々の治験参加意欲を5段階で管理し、予測人数の補正に使用しています。
その他、眼瞼下垂やAGAといった身体的特徴の疾患や腹圧性尿失禁などの積極的に自己申告されない疾患では、データベース上の数値から対象者が大きく乖離するケースがあります。そのような疾患では、無作為に抽出したパネルへのアンケート調査を行い、対象者の実数の把握を行うこともあります。
実施可能人数が予測より大きく下振れするケースもあるのですか。
約束症例の未達は、依頼者に迷惑がかかり、ひいては医薬品の開発の遅延につながりかねません。ですから正確な受託可能例数を算出できるよう、日々データベースを更新するよう努めています。インクロムで受託した治験においては概ね約束症例を達成でき、依頼者から一定の評価をいただけておりますが、不測の事態により下振れしてしまうケースはあります。最近の事例では、新型コロナウイルスの流行により生活環境が一変しマスクの着用が当たり前となったことで、風邪をひく方やアレルギー性の鼻炎症状を訴える方が予測より大きく減り、関連する治験のリクルートに苦労しました。ただし、こうした不測の事態を考慮して慎重になり過ぎた予測人数では、依頼者にとっては施設選定が増えるというデメリットになるため、その辺りの加減には特に気を使っています。
日本の治験は、よく欧米とのドラッグラグの問題が指摘されますが、圧倒的な募集力(適格症例の集積力)を身に着けることが解消への糸口であり、被験者募集を担う立場として、常に高い志をもって日々業務に取り組むことが重要と考えています。
被験者の視点に立って物事を考える。
組み入れが難しい試験での募集で工夫されていることはありますか。
組み入れが難しい試験の背景はさまざまですが、主な背景は「基準に合致する対象となる人がそもそも少ない」「参加する被験者の負担が大きい」「本人に該当する治験の条件に合致している認識がない」の3つが挙げられます。このような場合は特に被験者の立場に立ってプロトコールを読み込むよう心掛けています。そうすることで、普段何気なく使ってしまう医学用語が一般の方にとってわかりにくい表現であることに気づいたり、プロトコールに書かれている遵守事項を実際に試してその大変さを理解することで被験者へのアプローチの方法を見直したりと、一人でも多くの方より参加希望がくるスキームの構築を心掛けています。
被験者募集業務のやりがいはどこにありますか。
オーダー通りにやり遂げた際の達成感が挙げられます。 被験者募集の性質上、参加希望を受け付けた方の全員が治験参加できるとは限りません。さらに被験者の急用や体調不良や台風などの天災によるキャンセル、参加基準よりわずかに数値が外れている等の理由の他、依頼者の都合で、残念ながら参加にいたらないことが多々あり、がんばって募集した労力と成果が必ずしも一致しないケースがよくあります。どちらかというと想定通りにいくことの方が少ないかもしれません(笑)。こうした困難を乗り越え、オーダー通りにやり遂げた際には、何とも言えない達成感があります。また治験に参加した方から「参加してよかった」の一言や、依頼者より感謝の言葉をいただくと、またがんばろうという意欲が湧いてきます。
製薬会社、医療機関、被験者。それぞれの想いを尊重し、
一緒に取り組んでいける環境を目指したい。
製薬会社の方に対して、メッセージはありますか。
被験者に近い立場で被験者募集を経験して気づいたのは、プロトコールのデザインやクライテリアに設定されている事項が、薬効評価に大きな影響を及ぼさないと思われるようなことであっても、被験者にとっては大きな負担になり、そもそもの対象者が大きく減ってしまう事例が多々あるということでした。事前に依頼者(製薬会社)、医療機関、参加する被験者のそれぞれの立場からディスカッションができる機会があれば、こうした事例も回避でき、より効率的かつスピーディーに治験を実施できる環境が構築できるのではないかと考えています。
インクロムでは、たくさんの治験実施を支援してきた経験とノウハウから、プロトコールデザインによる被験者の参加意欲に対する影響についても調査が可能ですので、治験の依頼や被験者募集支援のお問い合わせ以外でも遠慮なくお声掛けください。
(公開日:2024年 3月 00日)